スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

クリストファー・ノーラン 『インセプション』 町山智浩 評

7/28ロフトプラスワンにて行われた『町山智浩帰国トークライブ』あらクリスファー・ノーラン最新作『インセプション』の批評部分についてのダイジェスト。

最も印象に残ったのはパリでエレンペイジにディカプリオが夢の設計を教えるシーン。
これはマトリックスのモーフィアスとネオのシーンに似ている。マトリックス以後の作品ということ。

パリのシーンの橋は『ラストタンゴ・イン・パリ』の冒頭シーン。マーロンブランドは妻を失ったマーロン・ブランドが「FUCK」と叫ぶ。

インセプションは妻を失った男の話。
現れる妻の姿はプロジェクション(投影)であり、産業スパイのディカプリオの敵として立ちはだかる。

何故ノーランはこの映画を作ろうと思ったのか?
タルコフスキーの『惑星ソラリス』という映画がある。
細胞でできた巨大な脳味噌で出来た惑星ソラリス。調査に行った主人公の前に死んだはずの妻の姿が現れる。その姿は主人公の記憶の中の妻の姿。何度も殺すが、妻は蘇ってくる。

これはSFのようで実は幽霊物である。つまり四谷怪談。幽霊話とは死者に対する罪悪感の現れなのではないか?

それをそっくりやったのがインセプション。
インセプションの無重力シーンも惑星ソラリスと共通する。

インセプションの評論は国内でも数多く出ているが、『惑星ソラリス』『ラストタンゴ・イン・パリ』との共通性を指摘した人がいたか?

他の映画との関係性を語らない評論は映画の評論ではない。映画とは他の映画との関連性で出来ている。なぜなら映画には作者の映画体験が現れるから。
それがないのが堤幸彦。(会場爆笑)
彼には映画に対する愛が全く感じられない。

『イレイザーヘッド』の冒頭シーンと『素晴らしき哉、人生』の共通性を指摘。
どちらも神が人間の人生を支配しているという話であった。
これに気付いたのはたまたまだが、こういうことに気付くくらい映画を観なければ映画評論家とは言えない。

インセプション(植え付け) 「これは現実ではないかもしれない」という植え付けをしてしまうことの罪。映画では『キャリー』が最初。フィリップ・K・ディックの小説。
そして『うる星やつら~ビューティフル・ドリーマー』これは無限後退。

最近ではマトリックスがそう。実はこの世界は夢なんだよという話。『胡蝶の夢』の引用もある。
マトリックスを観て、自殺した人もいる。銃撃事件も起こった。この世界が夢なら人殺ししても大丈夫だから。

それに対する自己反省的な要素もある。

産業スパイの部分は実はどうでもいい部分「マグガフィン」である。ストーリーを進めるためだけのものである。

インセプションという行為で無限後退が生まれてしまう恐怖を表している。あのラストもそういうこと。
無限後退の恐怖で言えばシベリア超特急である。(会場爆笑)
事件が解決した後、カットがかかりスタッフが映る。メタ構造である。エンドロールがかかってもまた始まってしまうのではないかという恐怖感がある(笑)

だから、インセプション=シベリア超特急である!









スポンサーサイト
[ 2010/07/29 18:00 ] 映画 | TB(0) | CM(0)














上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。